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2026.03.13
「奈良万葉」写真コンテスト 入賞10作品を決定 / 3月末から井上博道記念館ギャラリーにて入賞作品を展示します!(学校法人奈良大学創立100周年記念事業)
万葉集には、奈良をはじめ日本各地の風景や、人々の想いが詠まれています。その舞台は全国に広がっており、自然や歴史、暮らしの情景が歌に込められています。奈良大学と、奈良の風景を撮り続けた写真家・井上博道氏の想いを受け継ぐ井上博道記念館は、そのような万葉の歌にインスピレーションを得た写真作品を令和7年12月1日(月)~令和8年1月31日(土)まで公募しました。奈良県をはじめ各地から162点(109名)の応募をいただき、この度、入賞10作品を決定しました。
入賞者には賞状と副賞を贈呈し、さらに入賞作品を、令和8年3月26日(木)~28日(土)及び4月2日(木)~4日(土)の6日間、井上博道記念館ギャラリーにて展示します。
総評・入賞作品・入賞者については次の通りです(敬称略。応募者の情報は応募時のもの)。
総評
万葉集がテーマとなる写真コンテストでしたが、主旨を理解した作品が多く集まりました。
歌をイメージした作品は、被写体や構成などの撮影技術だけではなく、万葉集の理解と想像力が必要です。今回は多彩な撮影地、多様な方々の応募が多くみられ、万葉集にふさわしい内容となりました。特に若い世代の想いと感性が生かされた作品に秀作が多く将来が楽しみです。
【審査員】 田中 仁(写真家、日本写真芸術学会理事、元東京工芸大学教授)
『万葉集』は奈良時代に成立した現存最古の歌集です。万葉人の言葉と令和に生きる我々の心とが重なり、万葉集の時代から我々の感性はあまり変わらないのだと感じさせられます。
今回、多くの応募があり、万葉歌から、応募者それぞれの体験、感性にひきつけ、魅力的な作品として新たに作り上げていただきました。どれも素晴らしい作品でした。今後も、万葉集に関心をもっていただいたら、幸いです。
【審査員】 鈴木 喬(奈良大学文学部国文学科准教授)
入賞作品
一般の部
| 最優秀賞 | |||
|---|---|---|---|
| 撮影地駒場東邦中学校 | 撮影日令和8年1月 | 撮影者大山 尚希(駒場東邦中学校3年) | |
| 《万葉歌》 我がやどの いささ群竹(むらたけ) 吹く風の 音のかそけき この夕(ゆふへ)かも 《大 意》 我が家の、笹と叢竹を吹く風の、音がかすかに聞こえるこの夕方だ。 『万葉集』巻19・4291 |
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| 《歌への思い》 この歌は耳を澄まさなければ竹林の間を抜けていく風の音が聞こえないとして夕暮れの静けさを表現しています。ここでの静けさは単なる静けさだけでなく寂しさや孤独、一日が終わることへの安堵も表現していると思います。僕にこのような静けさを感じさせてくれるのは放課後、夕日の差し込んだ学校でした。 | |||
作者の校内での撮影のようですが、夕暮れ時の黄昏感が溢れていて見事な作品です。光と陰影、アンバーの色感、空間描写と構成の巧みさは卓越しています。万葉人の心情を自身の日常の中に読み取った感性が素晴らしく、共感を呼ぶ作品です。(田中)
春愁の歌。春のうらがなしい気持ちを歌った大伴家持の歌です。笹や竹をゆらす、かすかな音を、独り聞き入る様子がさびしげにうつります。
「放課後の寂しさ」という応募者はいう。校舎の外には賑やかな部活の声があるのかもしれません。一方で、静寂につつまれる教室、そこに残る生徒の姿がイメージできます。
新年度、新学期、その夕刻の憂いの一瞬をとらえた作品として伝わってきます。(鈴木)
| 優秀賞 | |||
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撮影地奈良市 春日大社参道 | 撮影日令和4年11月 | 撮影者中本 則昭(年金受給者) |
| 《万葉歌》 泣沢(なきさは)の 神社(もり)に神酒(みわ)据ゑ 祈れども 我が大君は 高日知らしぬ 《大 意》 泣沢の社に神酒(みき)を据えて、高市皇子の平癒をお祈りしたけれども、我が大君は天をお治めになった。 『万葉集』巻2・202 |
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| 《歌への思い》 ちょうど参道の道すがらに神の遣いと光芒が神秘的な風景を創り出しました。 | |||
典型的な奈良写真ともいえる作品です。紅葉、参道、灯籠、鹿、木漏れ日に光と影、全てが的確にまとめられており、特に画面構成の安定感は見るものに安らぎを感じさせます。近年の観光客の多い中、静けさも表現できたのは大収穫です。(田中)
天武天皇の皇子・高市皇子が亡くなったときの歌です。元気になるようにと祈願したが、その甲斐もなく、皇子はこの世を去ってしまった。
受賞作品は、春日大社の参道の、神々しさと静けさ、そして寂しさが表現され、自分の無力さ、恨んでもしょうがないと認識しつつも、抑えきれない心情が感じられます。(鈴木)
| 井上博道記念館賞 | |||
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撮影地静岡県富士市 田子の浦漁港 | 撮影日令和7年1月 | 撮影者岩浅 利泰(無職) |
| 《万葉歌》 田子の浦ゆ うち出でて見れば ま白にそ 富士の高嶺(たかね)に 雪は降りける《大意》 田子の浦から眺望の良い地点に出て見はるかすと、真っ白に富士の高嶺に雪が降り積もっている。『万葉集』巻3・318 | |||
| 《歌への思い》 シラス漁で有名な田子の浦漁港、満月と富士山の感動的な一枚が撮れました。 | |||
有名な田子ノ浦からの富士山を読んだ歌にそった作品です。夜陰にうっすらと見える富士山の陰影が美しい。製紙工場などの近代的な都市風景と富士山との組み合わせは、万葉時代から変わらぬ自然と進化していく人の営みが対比となり、現代の風景として訴えかけます。夜景の色調も綺麗です。満月もいいですが、画面上の要素として多すぎたかもしれません。(田中)
山部赤人の有名な富士山の歌です。東国へ旅をして、初めて富士山を見たときの感動が表出されています。
受賞作品もまた、夜景に。うっすら雪を冠した富士山を見た、その時の感動を捉えたものとおもわれます。(鈴木)
| 井上博道記念館賞 | |||
|---|---|---|---|
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撮影地奈良県奈良市雑司町 若草山 | 撮影日令和5年1月 | 撮影者弓場 妙恵(会社員) |
| 《万葉歌》 沫雪の ほどろほどろに 降り敷けば 奈良の都し 思ほゆるかも 《大意》 沫雪が、はらはらと降りつづくと、奈良の都が自然に思い出される。 『万葉集』巻8・1639 |
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| 《歌への思い》 地元奈良は雪が珍しく、雪が降ると心が躍ります。上野誠著『万葉集で親しむ大和ごころ』に「万葉びとは雪が珍しく、雪が降るとおおはしゃぎ」とあり、親近感を覚えました。 写真は雪に心躍らせ若草山に登り、淡雪舞う御蓋山を撮ったものです。万葉びとも雪の平城京を眺めようと若草山におおはしゃぎで登ったのではないでしょうか。そして大伴旅人が太宰府で詠んだ淡雪の奈良は、そんな記憶の欠片だったのではないでしょうか。 |
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若草山からの雪景色が、日に照らされて昇華していく様が臨場感にあふれドラマチックです。歌を読んだ万葉の人と心情が交差しています。望遠レンズによる圧縮効果が適切で迫力があります。奈良を撮り続けた井上博道の作風にも通じる重厚で陰影にとんだ作品です。(田中)
大宰府の長官であった大伴旅人が、大宰府官庁にうっすら降りつもる雪に、郷愁の思いにかられ詠んだ歌です。奈良はあまり雪が積もりません。雪が降ったことへのうれしさより、郷愁を表現します。(鈴木)
| 奈良大学賞 | |||
|---|---|---|---|
| 撮影地滋賀県長浜市湖北町今西 | 撮影日令和6年1月 | 撮影者小和泉 春男(無職) | |
| 《万葉歌》 近江の海 夕波千鳥 汝(な)が鳴けば 心もしのに 古(いにしへ)思ほゆ 《大意》 近江の海の夕波千鳥よ、おまえが鳴くと心も萎えるばかりに過ぎし日々が思い出される。 『万葉集』巻3・266 |
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| 《歌への思い》 半世紀も前の若き頃、湖畔の夕暮れに二人して未来を語りあかした過去、昔を思い出し楽しき中にも切ないといった感情湧く今、老いて自分がここにある現在、これまで歩んできた人生を回想し再確認し懐かしむ。 | |||
琵琶湖湖北のきれいな夕景です。アシなどの水草や立木、点在する水鳥たちの配置バランスがいいです。夕景の空から対岸、水面にかけてのグラデーションが美しく、古から変わらぬ自然美を描写しています。(田中)
柿本人麻呂の有名な歌です。近江朝の懐古、消えゆくものへの思いが表現されています。薄明の湖上に響く、千鳥の声が一層伝わってきます。(鈴木)
| 奈良大学賞 | |||
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撮影地京都府木津川市 | 撮影日令和7年5月 | 撮影者柴田 こはる(奈良大学附属高等学校1年) |
| 《万葉歌》 家(いは)ろには 葦火焚(あしふた)けども 住み良けを 筑紫(つくし)に至りて 恋しけ思はも 《大意》 我が家では、葦火を焚く貧しい暮らしだけれど、それでも住み心地はよいのに...。遠い遠い筑紫に着いてから、そんな貧しい家が恋しく思われてならないだろうな。 『万葉集』巻20・4419 |
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| 《歌への思い》 歌の意味として、「貧しいため家では葦の火で焚いて暮らしていても住みよいのに,防人として筑波に来てからは、故郷が恋しく感じる。」である。この詩からは作者の故郷への思いや、季節が冬であり体が冷える季節を表していることがわかるため作者の苦労などが読み取れ、作者にとって火というものが唯一大きく変わった生活の中で変わらなかったものなのだと思いました。 | |||
火の共有は家族や親しき人との関係性を表します。薪だけの写真からその想いを引き出し、見るものへの共感を呼ぶ作品です。薪と炎のアップで陰影を描写した力量は、高校生とは思えないほど頼もしいです。作者の崇高な意識が感じられる作品です。(田中)
防人の歌です。家族を置いて故郷から遠く離れた「筑紫」で生活をする。そんな地方の若者の思いが凝縮しています。
応募者は、「作者の故郷への思いや、季節が冬であり体が冷える季節を表していることがわかるため作者の苦労などが読み取れ、作者にとって火というものが唯一大きく変わった生活の中で変わらなかったものなのだと思いました」とし、温かい火とかわない火を見つめる視線に防人が一致し、どこか温もりを求める旅人の心情が伝わります。(鈴木)
高校生の部
| 奈良大学学長賞 | |||
|---|---|---|---|
| 撮影地奈良県奈良市元林院町14 | 撮影日令和7年10月 | 撮影者石井 佑典(奈良大学附属高等学校1年) | |
| 《万葉歌》 夕されば 小倉の山に 伏す鹿は 今夜(こよひ)は鳴かず 寝(い)ねにけらしも 《大意》 夕方になると、いつも小倉の山で臥す鹿が、今夜は鳴かないで、寝てしまったらしい。 『万葉集』巻8・1511 |
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| 《歌への思い》 写真に写る子鹿も、選んだ歌のように声を上げることなく、草の上で静かに身を休めています。この鹿の姿は山の夜の静寂と、自然の中の安らぎを感じさせてくれます。この写真を通して動きがない一瞬であったとしても時間は確かに流れているということを伝えたいです。 | |||
居眠りでもしているのでしょうか。小鹿が愛らしく写されています。シンプルな構成と公園らしい背景が綺麗で、まとまりがいいです。歌の意味と目にした現実の小鹿のありようが直結した感があります。溌剌とした捉えと作者の優しさがうかがえます。(田中)
夜ごと聞こえる鹿の声に耳をすまし、それが聞こえない寂しさと、寝てしまったのだと納得した歌です。万葉人は、鹿の鳴き声を、物寂しく、妻を求める声に聞きなしていました。鳴かないことを詠み込むことで、今夜は安心して寝ているのだと理解しているのです。つまりは共寝が叶ったのだと。
自然とともに暮らして、鹿の声が身近な生活であったことがわかります。奈良公園の鹿もよく鳴きますが、建物の中までは響いてきません。(鈴木)
| 奈良大学学長賞 | |||
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撮影地奈良県高市郡明日香村稲渕 | 撮影日令和7年12月 | 撮影者島田 理名(奈良大学附属高等学校2年) |
| 《万葉歌》 飛ぶ鳥の 明日香の里を 置きて去(い)なば 君があたりは 見えずかもあらむ 《大意》(飛ぶ鳥の)明日香の故郷を後にして行ってしまったら、あなたのあたりは見えなくなってしまうのだろうか 『万葉集』巻1・78 |
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| 《歌への思い》 この歌は、明日香を離れて奈良の都へ移ってしまえば、今そばにいる「君」の住む場所さえ見えなくなってしまうのではないか、という不安や寂しさを表していると感じた。都の移動によって生まれる、人と人との距離や心の隔たりへの思いが、率直な言葉で詠まれている。 | |||
明日香村稲渕の棚田での撮影と思われますが、冬枯れの田園風景をケレン味なく、率直に捉えていて好感がもてます。抜けるような青空と対照的な冬の棚田の描写も明確で、歌を読む声が響き渡るような清々しさです。(田中)
平城遷都にともない、明日香の地に眠る・夫草壁皇子の眠る地から離れる、元明天皇の歌です。
草壁皇子が眠る場所は、高取町佐田のあたりをさすのですが、「君があたり」とあり、歌の享受者は、それぞれが思う「君があたり」をイメージできます。限定されません。故郷を置き遷都するなかで、故郷を歌うことは。慰めのうたになります。
受賞作品は「明日香」の地を稲渕として想起して捉えています。棚田の広がる、原風景的なものに、「君」を見立てて、想起したのでしょう。(鈴木)
| 奈良大学学長賞 | |||
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撮影地愛媛県宇和島市津島町 | 撮影日令和8年1月 | 撮影者山口 琉花(愛媛県立三崎高等学校1年) |
| 《万葉歌》 大き海の 水底とよみ 立つ波の 寄せむと思へる 磯のさやけさ 《大意》 大海の底まで鳴り響かせて立つ波が、寄せようと思っている磯のすがすがしさよ。 『万葉集』巻7・1201 |
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| 《歌への思い》 現代では波は風によって起こる重力波であることが知られていますが、この和歌を詠んだ昔の人は海底まで鳴り響かせて波は立つのだと表現しています。なんとも情緒に溢れた想像力だと思いました。この和歌によってより海が好きになりました。 | |||
寄せくる波と激しく弾け飛ぶ波しぶき、静けさを呼ぶような遠景の水面や水平線と島陰。さらりと写された海の一コマに多彩な海の情景が収められた秀作です。古代から変わらぬ海を通じて作者と万葉人の想いがシンクロしましたね。今回のコンテストの主旨を具現化した良い作品です。(田中)
大きく打ち寄せる波とその荒磯の美しさを詠んだ歌。
万葉歌は「磯」に表現の焦点をあてていますが、受賞作品は、波に焦点をあてています。水底から鳴り響くようなイメージである「水底とよみ」と表現するには、やや弱い波に映りますが、大きな波として捉えた応募者の繊細な心があるものと思われます。または地球は生きているのだという実感、そんな感動の一枚なのかもと推察します。(鈴木)
| 奈良大学学長賞 | |||
|---|---|---|---|
| 撮影地神奈川県南足柄市 | 撮影日令和7年9月 | 撮影者吉田 之仁(神奈川県立足柄高等学校1年) | |
| 《万葉歌》 うたがたも 言ひつつもあるか 我ならば 地(つち)には落ちず 空に消なまし 《大意》 なんでそんなに言い続けるのか。私ならば地面には落ちず、空に消えてしまいたい。 『万葉集』巻12・2896 |
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| 《歌への思い》 この歌の、私は恋を絶対叶えようとはせず、空に消えてしまうだろう、という意味に、儚くも美しいと感じました。それに似合う、空に消えてしまいそうなほど美しく、まるで恋愛模様を表すような桃色の空を写真に選びました。私は、この夕暮れで雲に隠れる太陽が、言えることのない作者の本心の恋心だったり、雲に隠されてしまうから空に消えたくなるほど辛いのかなというように見えて、この句と写真を選びました。 | |||
圧倒的な夕景の自然美を余すことなく捉えています。空の多い画面構成も的確です。移りゆく夕景に大和人の恋愛模様を感じ取ったイマジネーションが素晴らしいです。人が抱く儚さと雄大な自然風景の対比が魅力的な作品です。(田中)
この万葉歌は、解釈の難しい歌です。
「時期を待とう」「そのうち」などと、はっきりしない消極的な相手の言葉、あるいは愚痴に対して、強く切り返す歌となっています。
盛りがすぎて、老いて朽ち果てても待っている、、、そんなことなどできない、ならばいっそ消えたほうがよいと‥‥。恋をする当事者にしかわからない、葛藤、そんな一瞬を写したものと思われます。
受賞者が、なぜこの歌を選んだのかが聞きたくなるところです。(鈴木)






