史学科のトピックス
TOPICS
お知らせ
NEW
2026.02.16
2025年度の奈良大学文学部史学科卒業論文から優秀論文4本(竹内翼論文・細川海音論文・山口莉穂論文・米川慧論文)が選ばれました。
2025年度の奈良大学文学部史学科卒業論文は、いずれも史学科での学びの集大成にふさわしい渾身の論文ばかりでしたが、そのなかから傑出した論文を史学科教員全員の合意のもと優秀論文として選び、ここに著者と論文名、そして講評を記し、その優れた研究活動と学問的価値を賞したいと思います。
受賞者には卒業証書授与のさいに表彰状が授与されます。(以下、五十音順)
竹内 翼「長屋王家の家政機関―本主比定と融合の実態―」
講評
長屋王家木簡は、一九八八年に出土した三万五千点に及ぶ一大木簡群で、貴族の家政機関の運営実態を伝える他に例を見ない資料群である。一九九五年に発掘調査報告書が刊行され一定の解釈が施されているものの、なお未解決の課題も少なくない。
本論文は、その中でも特に大きな課題である長屋王家木簡に登場する二つの家政機関の本主比定に正面から取り組み、併せて両家政機関の融合の実態に迫ろうとしたものである。
厖大な研究史を的確に整理し、その長所・短所を自身の知見をまじえて検討しながら結論を導く論述は、論旨の展開も明解で説得力があり、重厚で読み応えのあるものに仕上がっている。二品相当の家政機関の本主として、従来あまり顧みられることのなかった長屋王の母御名部内親王を充てる結論は、通説に一石を投じるものとなっている。必ずしも先行研究の枠組みを大きく越えるものではないが、史料や先行研究の博捜、及びその読みに、確かな眼を感じさせる好論である。
細川 海音「戦後の温泉地と遊興―加賀温泉郷における性の売買―」
講評
本論文は、石川県の加賀温泉郷におえる「性の売買」の存在の究明という課題を中心に、同温泉郷の性格の歴史的変容について論じたものである。
近代以降(「娼妓解放令」以降)の「性の売買」に関する歴史研究は、おもに公娼制度における遊郭(貸座敷)に関する議論を中心に展開してきた。しかし、制度の枠外で行われた「性の売買」(いわゆる「私娼」)については、事件化したもの以外については、公的記録がほとんど存在しないため、本格的な歴史研究の対象とされることは少ない。
こうしたなか、本論文では、業界誌の記述や観光案内等の惹句などから「性の売買」の存在を窺わせる文言を丁寧に検出し、同地で「性の売買」が行われていたことについて極めて蓋然性の高い推定を行うことができている。
困難な課題に正面から挑み、素晴らしい成果をあげた好論である。
山口 莉穂「日露戦争期のロシア兵捕虜収容と日本社会ー浜寺捕虜収容所の衛生問題を中心にー」
講評
日露戦争期に各地に設けられた捕虜収容所については、多くの研究蓄積があるが、捕虜の待遇や活動など収容所の実態に関するものがほとんどで、周辺地域社会との関わりについて論じた成果は多くない。
本論文は、浜寺収容所と周辺地域社会の関わりについて、従来の研究成果をふまえたうえで、特に収容所で発生する屎尿が、地域住民に肥料として売却されていたことが周辺地域社会に赤痢の蔓延を引き起こしたとされることに着目している。このことについては、先行研究にも言及はあるが、本論文では統計史料によって、収容所周辺地域においてのみ非常に高い赤痢の発生数が確認されることを明らかにし、収容所と赤痢の蔓延に因果関係が存在したことを高い確度で推定している。
高校生時代からの課題意識を持ち続け、四年間着実に史料調査と読解を積み重ねて成果が結実したものと言えるだろう。
米川 慧「応仁・文明の乱期における「御構」の中の公家社会ー『親長卿記』を中心にー」
講評
日本古代における貴族社会研究とくらべ、日本中世の公家社会に関する研究は近年になってようやく活発化しつつあるというのが現状である。そのようななか戦国時代の公家社会の研究も同様の傾向にある。ただ、その多くは応仁・文明の乱後についてのものが主要であり、応仁・文明の乱期のものは多いとはいえない。本論文は、研究の蓄積にとぼしい応仁・文明の乱期に焦点をあてたものである。10年におよぶ乱中、東軍は将軍御所である室町殿(花御所)を中心に「御構」とよばれる城塞を築き西軍と対峙した。上皇・天皇もその「御構」のなかの室町殿へ避難し同居したたため、当該期の公家社会は、室町殿と「御構」のなかで展開されることになる。本論文は「御構」において10年におよぶ避難生活を送った公家甘露寺親長と親長が記した日記『親長卿記』に視点おき、リアルな公家社会の実態を活写したものとして貴重な成果となっている。
